椿井の家

江戸時代から150年以上引き継がれてきた本民家は、幾度にもわたる増改築を経て、今日まで受け継がれてきました。本計画は、長年地域を離れていた施主家族が、「先祖代々の家を継ぐ」という思いと、地域への感謝を胸に、母親が一人で住み続けていたこの家に戻る決意をしたことから始まりました。これからの人生をこの地で穏やかに暮らす“終の棲家”としての改修です。

主な対象は母屋と蔵であり、両棟とも床・壁の解体を通じて構造体の状態を確認し、伝統工法を活かしながら基礎や軸組の構造補強を行いました。また、壁面・小屋裏・床下の断熱改修を行い、現代の住宅に求められる安全性・快適性・経済性の向上を図りました。歴代の改修によって生じた室内の床段差もすべて解消し、高齢の母親や家族が安心して暮らせる生活動線を確保しています。

加えて、意匠面においても、受け継がれた部材の多くを再利用することで、過去と現在の接点を日常の中に感じられるよう配慮しました。床柱、建具、梁材などは丁寧に補修・再配置し、「残す」ことを価値と捉える姿勢を具現化しています。

長く使われていなかった蔵は、家族の共通の趣味である読書を楽しむ「家の図書館」へと再生しました。蔵独特のしっとりとした空間性を活かしながら、壁面設けた書棚が、落ち着いた知的空間を演出し、家族が集う場として新たな役割を担っています。

この改修は、古民家の価値を再発見・継承しつつ、次世代に引き継げる住宅性能を備えたモデル的な取組みであり、住宅ストックの有効活用や空き家再生による地域への貢献にも通じています。

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